失敗しても許されるキャラを目指したほうが効率がいい
効率化をオモテから正当に突き詰めると、どうも無駄な失敗をしないようにして意味のある行動を積み重ねていかなければならないような感覚に陥ります。
そりゃあ無駄な失敗なんてしないで、はじめから意味のある行動だけ積み重ねていけるのであればそれに越したことはない。出来るならそうする。
でも出来ない。
この世の中にはやってみないとわからないことがたくさんあります。
やったことないことを失敗なく意味のある行動だけ積み重ねていけるようなら、そんな良いことはないでしょう。最強に効率がいいに違いない。
でもやったことないことはだいたい失敗します。
てことは、失敗してもいい状態にしておいたほうが良さそうです。
失敗しても許されるのであれば、その失敗に関するあれやこれやに時間を取られる必要が最小限に押さえられます。とすると、その分の時間がカットできるので最終的に効率がよいということになります。
失敗が前提であれば、失敗しても許されるキャラを目指すのが最も効率がよいという結論に至るのです。
では、その「失敗しても許されるキャラ」になるために、注意すべきことを挙げたいと思います。
決して相手の失敗を責めてはいけない
当然ですが、相手の失敗を責めていると相手も自分の失敗を責めてくるでしょう。そういうもんです。
だから間違っても他人の失敗を責めてはいけません。絶対ダメです。いざというときに自分が失敗できなくなります。
仮に、相手に失敗を責められたとしても、その後相手が失敗したときにここぞとばかりに相手の失敗を責めてはいけません。逆転して気持ちいいかもしれませんがその瞬間に効率が悪くなります。負の流れを自分で断ち切るのです。
自分だけ責められて損だし悔しいと思うかもしれませんが、相手の失敗を責めないでこの負のループを断ち切ろうとして前向きな行動を起こしている時点で、実は自分の方が一枚上手なんです。
悔しい気持ちをぐっとこらえて、相手の失敗を見逃してあげるのです。
自分の人生にとってどうでもいいことであればプライドを捨てすぐに謝る
失敗して怒られたりってことが多いシチュエーションはおそらく仕事とかバイトとかでしょう。
たしかに自分のミスかもしれなくても、一概にはそういえないときには反論したい気持ちだって出てきます。僕もかつては反論しまくっていました。だって納得いかないから。
でも、そのとき反論したいことって、自分の長い人生においてどうしても訂正しなければならない人生を左右するような事柄なのでしょうか。
仕事やバイトでのひとつの失敗について・・・と考えればおそらくは違うはずです。
そんな温度感であれば、相手はただ謝って欲しいだけだったりするので、それで済むならとっとと謝ってしまうのです。もうそれはそれは自分のすべてのプライドを捨てて。
みっともないかもしれません。さぞ悔しいことでしょう。
でも過ぎたことをいち早く丸く収めてしまうことに全力を捧げるのです。
丸く収めたあとは、その浮いた時間を使って自分の人生にとって本当に大切なことに時間を割くことが出来ます。
「相手のことを思いやって」一生懸命やる
自分のために一生懸命やる、というのは割と簡単です。簡単ではないかもしれませんが、「相手のことを思いやって」一生懸命やる、よりは簡単なはずです。
相手側の立場に立つと、自分のために一生懸命何かをやってくれている人に対して、たとえ凡ミスで失敗したとしても、心の底から怒鳴り散らすことは出来ないはずです。
まあ人間ですからその場では怒鳴り散らされてしまうようなこともあるかもしれませんが、本当に相手のことを思って行動が出来ていたら、いつか気づいてくれるはずです。
てことはですよ、裏を返しつつ諸々をまとめると、
相手のために一生懸命やっていれば、失敗してもいつか許される
ということになるはずなんです。多少強引ですが。いやかなり強引ですが。
でもたぶんそういう原理のはずです。
そして「相手のことを思いやって」一生懸命やるという行為はなかなか難しいです。普通に生活していると忘れがちです。僕も忘れます。
ですが、失敗しても許されるキャラになるためには避けて通れない道なので頑張るしかないのです。
間違ってたらすみません
以上、いまいち説得力に欠けていたらすみません。
何言ってんだこの野郎は!と憤慨されたら申し訳ございません。
すみません!
・・・
でも、「失敗しても許されるキャラを目指したほうが効率がいい」というのは恐らくあっていると思います。
え?間違ってますか?
すみません!